浜松の帰りに、東京で国立博物館に寄り、薬師寺展を見てきた。
中でも、日光・月光菩薩像の迫力には圧倒された。修学旅行の時は、見たのか見なかったのか、記憶が定かではないが、想像していたものより、数倍大きかった。修学旅行の薬師寺といえば例のお坊さんの面白い話しか記憶にない・・・それに、自分の頭の中では、確か白いはずだと思っていた。それが、銅で鋳造された黒い姿で目の前に現れたときは、何か「すみません」という気持ちになり、床に手をついて謝りたくなった。心にやましいことがあるのだろうか。人間誰にでもある?
自分の頭の中にあった、日光・月光菩薩像は日本史の教科書に載っている、東大寺の乾漆像の方だった。だから、白いイメージがあったのだろう。その他にも、これも有名な吉祥天女画像(国宝)も見ることができた。これは、想像より遙かに小さかった。しかし、本物の持つ、迫力には圧倒される。しばらく動けなくなるくらい。
それは、去年見た、ダ・ビンチの「受胎告知」もそうだった。絵の大きさが、想像よりは小さいのだが、本物を目の前にするとその本物の力に引き寄せられる。動けなくなる。何かオーラが出ている?中尊寺の金色堂もそうだった。初めて見たときは、その世界に引き込まれそうになった。ザビエルの絵も本物は予想より小さいものだった。
教科書や図鑑などの写真で見たのもは、想像がふくらみ頭の中では大きなものとなっているのか?それが目の前に現れたときはそのギャップに驚く。しかし、本物の持つあのパワーにはいつもくらくらさせられる。何か秘密の力が出ているに違いない。
さて、自分は「本物」だろうか。何かパワーは出ているだろうか?
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