久しぶりに、なかなか良い展覧会でした。
まず、本物が見られる。
当たり前のようですが、ここ何回か、レプリカで
ごまかされてきたものですから。
しかも、モネ、ルノワール、スーラ、ロートレック、
マネ、ゴーギャン、ゴッホ、セザンヌ等
そうそうたる画家の作品が見られる。
副題として〜美術館が解いた謎〜とあるように、
ただ展示してあるのではなく、
第一章 「印象派」とは何か?〜新しい絵画の誕生〜
第二章 何を使って描いたのか?〜印象派の画材〜
第三章 どこで描いたのか?〜戸外制作〜
第四章 感じたままに描いたのか?〜理想の表現を目指して〜
第五章 作品は完成していたのか?〜新しい価値観〜
第六章 作品は描かれた当時のままなのか?〜最新の調査報告から〜
という章立てをしてある。
印象に残っているのは、どこで描いたのか、という作品群で
当時、外で描くのに、たくさんの道具を持って行くことの困難さ
雨、風、嵐に晒されながら描いたであろう痕跡として、
絵の中に、実際のポプラの芽が絵の具の中に見つかったという絵がある。
カイユボットの絵で105.5×150.5cmなので相当大きなこの
カンヴァスを持ち出して、風の強い日に描いたものと思われる。
題名が「セーヌ河岸の洗濯物」といって、洗濯物や周りの木々の葉っぱが
強い風に揺れている場面なのです。
もう一つは、
「作品は完成していたのか?」の章で
印象派と比べるために、当時、アカデミーの会員で
伝統に忠実な作品を描いたブーグローという人の作品が展示してあった。
「漁師の娘」という作品である。
写実的な描写で髪の毛一本一本、
洋服の質感、肌のつややかさ、明暗による立体感。画面の隅々まで
丁寧に描かれている。そしてこの絵には、ニスが塗られ、なめらかに
仕上げられているのだという。
こういう作品が普通だった時代に登場した印象派は、やはり最初
「この作品は未完成だ、筆の跡がまだ残っている。」
「この塗り残しはなんだ。」と批判された。
新しいことをやろうとすると、足を引っ張る人。どこにでもいます。
作品はどこで完成するのか。どの時点で。
この作品と比較されているのが、ルノワールの「赤い服の女」。
ルノワールにとって重要なことは、目の前の対象の美しさを
画面に表現すること。だから、画家自身がそれを達成したと思った時点で
作品は完成したということになる。
音楽もなかなか完成しませんね。
何回やっても、これで良し、とは行きませんものね。
色を塗りたくったり、削ってみたり。別の角度から
眺めてみたり。別の絵の具を使ったり、
キャンパスを替えてみたり。
また描き直してみるか.....

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