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| 下から見るとでかい! |
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| 立佞武多の館ならではのアングル |
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| 迫力満点 |
感動しておりました。一度は本物を見るべきだ、と。
いつも思うのですが。
五所川原の皆さんは、きっと忘れているのだと思います。
1996年、私はその頃、五所川原市に住んでいました。
街に住む有志が、「もつけ」にかがって、
河川敷に、レールを敷き、明治時代の写真や図版を元に
「武者」という立佞武多を復活させたのでした。
その時の街の人達の声を覚えていますか?
「ばが〜ろ〜」
「あすたものつくってどすんずや」
「かわらあさぐだげな」
「まじながだば、今の時代電線だのあるもんだもの、どすんずや」
「たんだじぇんこなげだだげだね」
当時、たくさんの人達から、こんな声を聞きました。
それが今ではどうでしょう。
手のひらを返すとは、このことでしょうか。
最後に燃やしたのも、経費節約のためと言う話も聞きました。
虫送りの虫に準えて、という話もあります。
それが館の歴史には、慣例に従いとかなんとか書いてあります。
館に書かれてある「歴史」には、このようなことは
一言も書かれていません。
常に、歴史というものは、視点が違うと、
こういう風に記されて残り、それが正史となるのです。
でも、それはそれとして、
この立佞武多が、五所川原の経済を活性化させ、
アーケード通りを復活させて欲しいものだと思っています。
五所川原は私にとっては、第2の故郷と言っても良いくらい
長く住んでいた街ですから。
ちなみに昭和61年10月から、平成9年11月まで住んでいました。
この立佞武多が、五所川原の経済を活性化させ、
アーケード通りを復活させて欲しいものだと思っています。
五所川原は私にとっては、第2の故郷と言っても良いくらい
長く住んでいた街ですから。
ちなみに昭和61年10月から、平成9年11月まで住んでいました。



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