職朝での校長のお話は、
「今日の朝の7時の気温は−11度でした。
このことを全校の皆さんに話してください。」
「それから、今日の岩木山はとてもきれいです。
言葉でお話しするだけでなく、実際に見せてください。」
でした。
理科の先生ということもあるのでしょうが、
理科的な生活科的なお話が多いのは常のことです。
12月にも、朝、丁度学校を囲むように虹が出ていた
事がありました。そのときも、「先生、写真撮ってけ!」と
あわてて私の所に走ってきたことがありました。
今の時代、美しいものを美しいと言って教えて
あげなければ、子どもたちは
美しいかどうかも分からないで成長してしまうという
ことなのです。
子どもたちに、ラベンダーのにおいを嗅がせると
「くさい」
「これトイレの匂い」
という答えが返ってきます。
自分で嗅いだことがないにおいは「くさい」
そして、本物のラベンダーのにおいを嗅いだことがなく
自分の経験の中ではそれは、トイレのにおいなのです。
子どもたちはバーチャルの世界で成長しています。
是非、何でも、本物にふれさせたいものです。
片親の子も多いです。
親が忙しい。
相手をしてあげられないから、
テレビやゲームに子守をしてもらっている。
親は、おとなしく見ているから、安心している。
泣き騒がれるよりは・・・
当然触れ合い(スキンシップ)は少なくなる。
子どもは、親の体温や鼓動を感じ、背中の広さ
に安心し、おなかが痛いときは手を当ててもらう
(まさしくこれが手当!)事により
痛さがなくなっていく。などという、
ことも、今は無いのではないでしょうか。
今の子どもは、我慢が足りない。
何を言ってるんですか。
私に言わせればそれは当たり前なのです。
大人が商売のために、または
よかれと思ってやったことが
こういう結果となったのです。
子どもは、生まれてすぐに○ンパースで
育つのです。
うんちやおしっこをもらしても
気持ち悪くないからそのまましほうだい。
我慢するということを覚えるわけがありません。
○ンパースはとても便利なもので、
お母さん方の負担は「おしめ」を使って
いた頃に比べるとだいぶ軽減されているでしょう。
毎日、おしめの洗濯で大変だった頃に比べると
実に、楽に、便利になっているのです。
この、「便利」が人間を変えていっているように
思えてなりません。
今、子どもたちに電卓を持たせると、
両手で持ち、両親指で操作します。
そう、ゲーム機のコントローラー
感覚です。
どだい、私たちの世代は、電卓は
直に置き、片手で操作していました。
人差し指や中指で。
近い将来、親指が長く、器用に動かせる
人間が生まれてくるかもしれません。
ケータイも親指で操作しますしね。
しかしその子は、我慢なんかしたことが無く、
すぐ切れやすく、相手の、人間の「気持ち」
などというものは、考えたことがないのです。
相手はテレビやゲームなどの機械なのですから。
そして、「自然」などと言うものは、
「テレビの中で見て知っている」もの
に成り下がるのです。
あ〜こわ。
そうならないように、頑張って本物を
教えている校長を
私は見習っていきたいと思います。
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