和田薫先生の曲(2月にオーケストラバージョン
は初演されています。その吹奏楽バージョン)
を世界初演することになっています。練習段階で、
和田先生の曲はフィーナーレのファイルで届いたので、
自分でスコア、パート譜を作り印刷して練習に臨みました。
しかし最大A4までしか拡大できないので、ちょっと小さい
と思っていたら、作曲者から製本された拡大版のスコアが
届きました。
ページ割りとかが、全く同じだったのでほっとしましたが、
その大きさ、紙の質の違い、両面印刷等から受ける印象は
A4自分で印刷バージョンとはだいぶ違いました。
その大きさに、風景に圧倒され、見えてくる、
聞こえてくる音も違いました。
新しい紙の匂いも違いました。
そう。大きさは必要なのです。
音楽を聴くときも、今時のパソコン用の
スピーカーでもそれなりの音は聞こえるかも
しれませんが、本物に近い、リアルな音は
聞こえてこないのです。
大きなボリュームも必要なのです。
隣近所に気を遣い、家族に気を遣い、
小さな音でしか再生できないのでは
そのダイナミックレンジは再生できないのです。
違うようで似ていることとして、
学校も有る程度の大きさは必要だと思いました。
ぎゅうぎゅう詰めの校舎で育つ子どもと
広い校舎でのびのびと学ぶ子どもでは
自ずとその感性が違ってきて当然なのです。
「大きいことはいいことだ」という
CMが昔有りました。山本直純が気球に乗って
指揮をしながら○○のチョコレートを宣伝するもの。
楽譜(スコア)はその風景によって出てくる音の
聞こえ方が違います。
パート譜だとそうでもないのでしょうが、スコアの
見え方はその音楽に深く関わっているのです。
「楽譜の風景」
改めてその景色に見とれてしまいました。
