2011年4月11日月曜日

人のため

テレビで何度も放送されたが、

被災された方の中にこんな人がいた。


ある町の役場の二階から、津波が来たので

避難してください、という放送を流し続けた女性がいた。

この秋に結婚式を挙げる予定だったと言う。

この放送を聴いてた助かった方が何人もいた中、

この放送をされていた方は、最後の最後まで放送し、

現在も行方不明。

放送を聴いていたひとは、本当に助かった、

と行っていた。

しかし、最後の方は声が震えていたとも.......



この役場は骨組みだけが残されている。





学校現場での話も尽きないが、

ある学校では児童の7割が亡くなり、

教師12名のうち、10名が亡くなったのだとのこと。

裏山もあったのだが、倒木があっては行けないという事で、

海の方にあるちょっと高い橋を目指したのだという。



もうひとつの学校では、たった一人の児童が亡くなったとのこと。

この児童は、迎えにきた車に乗って、帰った児童。

ほかの児童は、高台に避難する中、

この児童だけが自家用車で自宅を目指した結果の事。

校長は「けんかをしてでも一緒に逃げるべきだった」と。



多くの児童や教員が亡くなったり、行方不明の状況で

まだ新学期を始められないでいる学校がたくさんあるのだろう。



今日のラジオで聞いた話。

ボランティアや仕事で、被災地を訪れた人たちは

帰ってきても口をきかないそうだ。

口を開けない、口で説明できない、したくない状況を

目の当たりにしてきている訳である。



最近毎日のようにある余震。

今日の地震は相当大きかった。

その後の余震は、NHKを見ていると、

5分おきに発生している。

規模から言えば余震とは言えないレベル。

毎日恐怖におののいている方もたくさんいらっしゃるだろう。

物の支援と心の支援も必要なんだろうなあ。


いつも心は、行った事もない、東北の太平洋岸の

瓦礫の山と、避難所で生活している人を思っています。

その事を忘れる為に仕事をしているような気もします。

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