2011年11月22日火曜日

続・春の猟犬

日曜日の練習の最後に
一度だけ
何も言わず、
通しました。

こういう演奏聞いたことあるなあと
指揮をしながら考えていました。

どこか別の団体での
練習だったか、リハーサルだったか、本番だったか?

名曲だけど、名演が少ないと、前に書きました。
好きな曲だけど、支持者が少ないと、書いてた人もいました。
何となくその理由が分かったような気がしました。

やはり、6/8拍子の感じ方が、みんな違うのですものね。
練習回数が少ない。
昨日初めて入った人も何人かいる。
仕方がないんです。お仕事があるんですから・・・

音楽が寄り添わない。
一体感がない。
自信がない。
他の人の音に耳を傾けられない。
まだまだ自分のことだけで精一杯。

まだまだって・・・いつ一緒になるのだろう・・・

今時、みんなYOUTUBE等を見て(聞いて)
あるいは、参考のCDを聞いているらしい。
それもまたみんな違うだろうしね。

ところが私ときたら、そんなもの聴く事はまずない。
音楽は楽譜の中にみんな書いてあるのですから。

一度言ったことを忘れる。
誰でもそうです。
みんなそうです。
私もそうですから。
そんなこと言ったっけ?
言った本人が忘れている。

でも、
だが、
しかし、

自分だけでもいいから、満足のいく演奏をしたい。
演奏者も指揮者も聴衆も全員が満足のいく演奏なんてなかなかできない。
だからせめて、自分だけでもイイから、満足したい。

傲慢なようですが、人のために演奏することはまずない。
結果的にそうなることはあっても。

自分で満足できないのに、他の人に満足が与えられるわけがない、
自分で好きでもないのに、他の人に好きになってもらえるわけがない。

そのためにも、練習回数というか、通すことも必要かなと感じた。
一体感
同じリズムをみんなで感じて、同じメロディをみんなで歌い上げて
違うリズムをお互いに感じて、違うメロディをみんなで補いながら
それらが一体となったときの幸福感、幸せな瞬間。

思いやり
他の人の音、演奏を感じながら、じゃあ自分はこう吹こう、こう叩こう
という、丁々発止のジャムセッション。スリルがあるね。

協調性
仲間と同じ音楽を創る、同じ方向を向いて。

いきなり、主旋律で曲が始まる。
春の訪れ。わき上がる喜び。
主人公は突き進む。旅に出る。
ちょっと寄り道するように歩を緩める。、
そして街角を曲がったとたん、いきなり恋人と出会う。
突然の愛の歌。
そして、語らい。
燃え上がる二人。
余韻、思い出。
主人公はまた走り出す。
途中、恋人との思い出が脳裏をかすめる。
その思い出がふくらみ、
頭の中がいっぱいになったとき、
二つの主題が合体し、幸福な瞬間が訪れる。
そして見事なエンディング。

なんかエロティックになってしまったなあ。
でも、音楽は、みんなエロです。

この曲は、そんなイメージです。

2011年11月21日月曜日

I LOVE 弘前

どうして弘前が好きなんだろうかと、考えてみる。

自分が生まれた街だから。
お城の近くで生まれ育ったから。
公園が好きだから。
街の雰囲気が好きだから。
街のにおいが好きだから。
城下町だから。
古い建物が残っているから。
街の規模が丁度良い(と思っている)から。
市民会館が好きだから。
岩木山が好きだから。
桜が好きだから。
リンゴが好きだから。
弘前の津軽弁が好きだから。
弘前の人間が好きだから。
土手町が好きだから。
「角は」が好きだから。
自分が小さい頃遊んだ場所がまだ残っているから。
弘前の建物が好きだから。
音楽の仲間がいるから。
自然がきれいだから。
岩木川〜津軽平野〜岩木山の風景が好きだから。
弘前の気候が穏やかだから。
(いやそんなことはない、夏は暑いし、冬は寒いという
声も聞こえてきそうだが・・・)

小さい頃から転勤族で、県内各地に住んでいた。
青森市大坂町 6歳〜小2
大間町 小3
名川町剣吉 小4〜中1

ずうっと弘前に「帰りたい」と思っていた。

自分で住んだ場所は生涯で20数カ所
五所川原もわりと長くて9年ぐらい住んでいた。
でも、弘前に住みたかった。
弘前に家を建てたかった。
岩木山が見える場所に。
(やっと、2階のトイレから見えるぐらいだが・・・)
公園の近くに。
公園まで自転車で行けるところに。

今、弘前に住んで本当に良かったと思っている。
あずましい。
住んでみたい町の上位になったことがあるという。
良いところだよ。
住んでみてください。

これと同じくらい、弘前のダメなところをあげることもできる。
そんなことは簡単だ。
でもねえ。
自分が住んでいるところのダメなところを言ったって、
住んでて楽しくないもんね。

良いところだよ。弘前は。

I LOVE HIROSAKI